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2021.05.01

スミヤキッカス終了の危機です。

こんばんは。
またまた久しぶりの更新となりました。

 

今回はSumiyaKickassを応援してくださっている方々に重要な事をお伝えします。

SumiyaKickassはその根幹となる炭焼きを辞めざるをえないかもしれません。
しかも1〜2ヶ月と近い将来。
今、私は炭窯を不当に自治体に取り上げられようとしているのです。

 

 

私が神奈川から遠い長崎まで単身移住をし炭焼きを始めたのは、そもそも長崎県の東彼杵町という自治体から炭を物産としてブランディングして欲しい。150年続けてきた地域の炭の伝統を受け継いで欲しいというミッションからでした。

当時、私は化学物質過敏症という病気に悩まされ職場を辞めざるを得ませんでした。
転職も考えながら、体にストレスの少ない地方への移住も少しながら考えていました。
地方の職は少なく就職も厳しいという情報があった当時、移住するためにどう収入を得るかが課題でした。
そんな時、3年間補助金を出すので上記ミッションをするという募集で東彼杵町に移住しました。
移住前には何度も連絡をし、現地も見ましたが炭の素人には何も分かりません。が自治体職員の方は炭を作れば売り先もあるし原木も沢山ある。炭焼きだけで生活していけると都度お答えしてくれました。

三年間の補助金を得られる間に炭窯を作り、独立していくためのスタートアップのような形にしていい。
そのように言われ移住を決意しました。

 

ところが移住してみると炭作りだけで生活をしている家は一軒もなく、原木もなく、また土地勘のない私に原木の調達に東彼杵町の職員は力を貸してくれませんでした。
私にしてみれば騙されたような気分でした。マンションも売り、両親や友人と遠く離れ意を決して移住をしたのに。

その中でも限られた三年間の中でなんとか炭で生活をできるようにと必死に毎日駆け足で過ごしました。
移住する前から窓口であり移住後も担当してくれていた職員の方に、補助金がなくなる三年後(自治体の公的な事業でなくなる)以降は継続して炭窯が使えるのか。車両は使えるのかと心配で何度も聞きましたが私の所有できるように取り計らっていると毎回答えてくれました。
この時覚書をもらわなかったのが痛恨なのですが、三年が経ったらそんな事知りませんとのこと。
言った言わないの水掛け論です。

 

私はそれでも長崎に残り事業を続けていく事を選びました。
この時、本当に本当に長崎のことが大嫌いでした。
でも、その地域で作られている炭が本当に良いもので、自信を持って人に薦められる本物だったのでどうにかしたい思いでした。

前述の通り炭だけで生計を立てていくことはできません。
ですのでまずは自分の食い扶持を得て、さらに成長し他の炭焼き職人をサポートするという計画を描きました。
その計画は以前に記したブログを参照していただければと思います。
ショップをすることは当初考えてはいませんでしたが、同じような計画を自治体の発表会で述べていました。

 

今になり東彼杵町自治体が炭窯及び炭小屋は町の持ち物だとして金銭を要求してきました。
私には到底承服できかねるものであります。
それは金銭の多寡ではありません。
地域の文化伝統を守り、物産として炭を出していきたいという当初の目的を無視し、騙して移住をさせた上に約束を反故にし、今後伝統を残していくと具体的提案を示している私に後出しで金銭を要求する東彼杵町という自治体にうんざりです。

 

いつも応援していただいてる方。炭を楽しみにされている方には申し訳ないですが、炭作りができなくなってしまう可能性が高いです。
まだ本決まりにしたわけではないのですが、もう東彼杵町という自治体と関わり合いたくないという気持ちが強いです。

あくまで炭が根底にあるブランドとしてのSumiyaKickassとしては大きな決断になりますが、どちらに転んでも応援をして頂けますと嬉しく思います。

 

またご報告を致します。

 

SumiyaKickass新谷